2022年末に中国外相に就任した秦剛氏は、わずか7カ月で外交の舞台から姿を消した。秦氏は1カ月ほど前から通常業務で姿が見られなくなった。当局はこれについて、何らかの健康上の理由だと説明した。しかしそれから数週間がたっても、秦氏の動静は不明だった。そのため、秦氏が政治的に規律を乱し、その罰を受けているのではないかとの憶測が流れた。
ソーシャルメディアにはその後、秦氏と女性テレビ司会者との不倫のうわさがあふれた。この司会者はいつもはソーシャルメディアを活発に使っていたが、やはり突然「消息不明」となった。この二つの説明を合体できると考える中国ウォッチャーもいる。つまり、中国共産党内のライバルが、不倫騒動を利用して秦氏の失脚を図ったというものだ。不倫は違法ではないが、党規律違反の可能性があると解釈されかねない。
一方で、重大な健康上の緊急事態が原因となった可能性も否定できない。さらに、中国共産党の統治は極めて不透明であるため、こうした可能性はどれも確認も、また否定もできない。だが、秦氏解任で最も驚くべき点は、同氏が中国の最高指導者から明らかな支持を得ていたと思われていたことだ。
秦氏の抜てきは「習近平国家主席の肝煎り」とされたが、突然の解任で「異例の人事だった。秦剛氏は在英大使館公使など主に欧州でキャリアであり、外務省儀典局長時代に習氏に随行し、信任を得たとされる。1年超と短い駐米大使勤務を経て、外相就任後は3カ月足らずで副首相級の国務委員も兼務することになった。米欧の事情に通じ、習政権の利益を忠実に代弁する物言いで知られる秦氏の「スピード出世」は、対米関係を重視する方針に加え、最高指導部の信頼の証しと見なされた。
今年3月、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)に合わせて開かれた記者会見では、中国憲法の赤い冊子を手に、台湾の武力統一も辞さない中国の立場を強調。「戦狼」と呼ばれる強硬な外交姿勢を内外に印象付けた。秦外相時代の中国外交は、イランとサウジアラビアの関係修復の仲立ちや、ホンジュラスと台湾の断交、ロシアとウクライナの「仲介」を旗印とした欧州や途上国への接近など、国際的な存在感を見せつけた。一方で、ロシアへの接近や台湾を巡る覇権主義的な動きは、バイデン米政権の警戒心をあおり、安全保障面での日米韓などの結束を強固にする「副作用」も生んだ。